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第3章 覚りの謎

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第3章 覚りの謎

 
 釈迦が何を覚ったか、ということについては多くの経典や仏伝に記載されています。しかしその内容は文献によってかなり異なっています。そのため、単純に「釈迦の覚りの内容はこうだ」と決めつけることはできません。

 そこで本節では、釈迦の覚りの内容に関する様々な意見・見解を紹介していきたいと思います。中でも特に仏教を専門とする研究者の人達がどのように考えているのか、という点を中心にみていきます。

 まず一般によくいわれている内容は「釈迦は十二縁起を覚った」というものです。十二縁起とは煩悩の根源である「無明」を始まりとして「老い」や「死」の苦しみに至るまでの過程を十二の因果関係の連鎖で説明したものです。具体的には【無明】→【行】→【識】→【名色】→【六処】→【触】→【受】→【愛】→【取】→【有】→【生】→【老死】という過程を経ます。

 十二縁起に対する解釈も書物によって内容が異なりますが、ここでは、「律蔵」の記述の中から十二縁起に関する説明を紹介します。

【無明】によって生活作用【行】があり、
生活作用によって識別作用【識】があり、
識別作用によって名称と形態【名色】があり、
名称と形態によって六つの感受機能【六処】があり、
六つの感受機能によって対象との接触【触】があり、
対象との接触によって感受作用【受】があり、
感受作用によって妄執【愛】があり、
妄執によって執着【取】があり、
執着によって生存【有】があり、
生存によって出生【生】があり、
出生によって老いと死【老死】、憂い・悲しみ・苦しみ・愁い・悩みが生ずる。
このようにしてこの苦しみのわだかまりがすべて生起する。
(「ゴータマ・ブッダ(上)」中村元)

 それぞれの項目の細かな説明は省略しますが、そもそも因果関係が十二個も続くというのは、ちょっと長すぎて意味が捉え辛くなっています。そこで要点だけを抜き出し三段階の縁起に簡略化してみます。すると次のようになります。

 「智慧がない(無明である)ことによって、ものごと対する欲や執着(愛・取)が生じる。そして欲や執着によって「生・老・病・死」の苦しみが生じる」

 またこの流れを逆に捉えると「この世の苦しみ(生・老・病・死)を無くしたいならば、欲や執着を持たなければよい。またその欲や執着をなくすには、無明を消して智慧をつければよい」となります。これは当然ですが、前節で紹介した釈迦の教えと同じものになります。

 また釈迦は覚りの際に「十二縁起」に加えて、人々の生と死やその生涯を見通すことのできる「天眼通」と呼ばれる能力や、「宿命智」と呼ばれる過去世を知る能力も得たとされています。
ただしこれらは神通力と呼ばれ、一種の超能力ともとれますので、このことを信じるか信じないかは人それぞれだと思います。

 以上、一般には上のような内容が「釈迦の覚り」とされていますが、実は仏教学の研究者は「これらの説は後世の人達によって作られた話ではないか」と考えているようです。

 つまり釈迦が覚った内容は十二縁起や天眼通、宿命知ではないというのです。
 さらにいうと「そもそも十二縁起という概念自体、釈迦本人が説いていたのではない」という見方がされています。

 例えば仏教学者の中村元氏は、十二縁起の考えが体系化されたのはブッダの入滅後であって、生前のブッダがこれを覚ったとはいえないと述べています。その理由として、「ダンマパダ」と並び釈迦の時代に最も近いとされる経典「スッパニパータ」の中に、十二縁起の原型となるようなシンプルな縁起説が載っているが十二縁起自体は載っておらず、この概念が体系化されたのはもっと後の時代である、と指摘しています。

 同じく仏教学者の前田專學氏は著書「ブッダ その生涯と思想」の中で、「縁起説の基礎となる考えは持っていた」はずだが、という前置きのもとで次のように述べています。

しかしここに説かれている十二支縁起説そのままがゴータマ・ブッダによって、成道のときにさとられたとすることは不可能です。  
(「ブッダ その生涯と思想」前田 專學)

 前田氏はその理由として、仏典に出てくる縁起説には三、五、六、九、十個といった様々なパターンがあり、その後十二縁起の形になったという点を指摘しています。

 もしそうならば、本当のところ釈迦はいったい何を覚ったのかということが気になります。しかし残念ながら、これがはっきりとはわからないのです。
 この点についても、いくつかの意見を紹介しておきます。前田氏はさらに次のように述べています。

どのように何をさとったのか、というもっとも重要な、もっとも知りたいと思うことに関して(経典には)さまざまに記されており、一定していませんし、また十分に明確ではありません。研究者の間でもいろいろな議論があり、未だ定説がありません。
(「ブッダ その生涯と思想」前田專學)

 また、仏教と科学の関係性について独自の観点から研究を行っている仏教学者 佐々木閑氏は、次のように述べています。

一応、残された文献をよりどころにするなら、ブッダが悟ったのは、縁起の理法すなわち、我々人間は因果則に沿って存在しているという真理だったということになっている。しかし本当にそこに書かれたとおりの姿でブッダが悟りを開いたのかどうか、全く確証はない。
(「科学するブッダ 犀の角たち」佐々木 閑)

 このように仏教を専門に研究している人達の見解を集めてみると、「釈迦の覚りの内容は不明である」という事が共通認識となっているようです。

 では、なぜこのようなことになってしまったのでしょうか? 

 実は答えは簡単です。
 釈迦は「自分が悟った内容はこうだ」と自ら説くことがなかったのです。
 これに関して中村氏は次のように述べています。

このようにさとりの内容に関して経典自体の伝えているところが非常に相違している。いったいどれが本当なのであろうか。経典作者によって誤り伝えられるほどに、ゴータマの得たさとりは、不安定、曖昧模糊たるものであったのであろうか? 仏教の教えは確立していなかったのであろうか。
まさにそのとおりである。釈尊のさとりの内容、仏教の出発点が種々に異なって伝えられているという点に、われわれは重大な問題と特性を見出すのである。
まず第一に仏教そのものは特定の教義というものがない。ゴータマ自身は自分のさとりの内容を定式化して説くことを欲せず、機縁に応じ、相手に応じて異なった説き方をした。だからかれのさとりの内容を推しはかる人々が、いろいろ異なって伝えるにいたったのである。
(「ゴータマ・ブッダ(上)」中村 元)

 つまり、釈迦の覚りが今日はっきりしないのは、

(1)口頭によって代々引き継がれ、その後経典に記されるようになった。つまり釈迦の生前には文書にされなかった

という伝承の仕方に問題があったことに加えて、

(2)釈迦が生きていた当初から、そもそも自分が覚った内容を一切話さなかった

ということが原因です。

 また中村氏の指摘にもありますが、この曖昧さのおかげで後世の人達が仏教の教義を発展させていく余地を残した、ということもできます。

 以上、本節では覚りの内容について研究者の意見をみてきました。
 結論としていえることは、「伝えられている釈迦の覚りの内容は、すべて周りの人が推しはかったものだ」ということです。
 つまり、「師の教えを総合的に判断すると、きっと菩提樹の下ではこういうことを覚ったんだと思う」というように、弟子達によって勝手に作り出された内容が、釈迦の覚りとして現在まで引き継がれているということです。したがって本人が語らなかった以上、いくらその内容を推測してみても「これが真実だ」と太鼓判を押せるものは見つからないことになります。

 あらためて考えてみるとこれは大変不思議なことです。釈迦の覚りが起点となって、仏教という世界宗教が確立したにも関わらず、その中心に位置する、肝心かなめの「覚りの内容」が何だかわからないのです。

 ただ別の見方をするならば、この謎こそが仏教がもつ最大の魅力である、ともいえるでしょう。謎のヴェールに包まれた「覚り」が世界中の人々を魅了してきたのは事実であり、また現在でもサンガ(僧侶集団)を形成する出家僧達は、その「覚り」を自ら体験し解明することを目標として今日も修行を重ねているのです。

 
【次へ】 第4章 科学仏教

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